研究チームでは以下のようなテーマに取り組んでいます。以下の枠組みに収まらないものでも、実用的な量子計算機の開発に寄与する幅広いテーマを歓迎します。 論文や講演の全リストは出版論文を、学生の方へ向けた説明は学生の方へのページをご参照ください。
計算機アーキテクチャ
概要
現代の計算機は高い性能と汎用性を保ちながら複雑なタスクを処理できるよう緻密に設計されています。しかし、現代の量子計算機の研究では量子デバイスのモデリングの難しさや量子誤り訂正理論の複雑さから、具体的な計算機アーキテクチャやその内部的な実装は確立されておらず、性能予測や最適化なども抽象的なオーダーで議論されることが殆どです。2020年頃までは実機も小さかったため、物理実験で可能な操作を素朴に実装する形でも大きな問題は生じませんでした。一方、実用化を目指し量子デバイスの大規模化を更に進めるうえでは、どのように量子系を計算機として組み上げるかという問題がシステムの拡張性を制約する重要な課題となっています。私たちは拡張性の高い量子計算機の実現に向け、高い性能に加えて信頼性、汎用性、デバッグ性、拡張性といったいわゆる「計算機」に期待される特性を備えた量子計算機システムについて研究しています。具体的には、量子誤り訂正機構やその動作を踏まえた計算機アーキテクチャの設計、現代の計算機の考え方を活用した量子計算機の効率化、誤りに耐性のある分散量子計算システムの設計など、複雑で高性能なシステムを見通し良く構築するためのトピックを探究しています。また、Q-LEAPやムーンショットといった国プロにおいて、長期的な量子計算機の発展を見据えたシステムの設計と開発も行っています。
これまでの研究例
- 誤り推定機構の実装:FTQCでは誤り訂正と演算を並行して高速に行う必要があります。これまでの研究ではこうしたFTQCの制御をオンラインに行う回路の設計や性能見積りをしました。
DAC2021 HPCA2022 VLSISymp2024 - 誤り推定機構の設計:量子誤り訂正ではエラーを推定するアルゴリズムを工夫することで精度や速度などを望ましい形にバランスすることができます。これまでの研究では、量子エラー訂正をより高速、高精度に行う手法を様々な側面から提案しました。
PRR2020 arxiv2025 arxiv2025 - リソース推定とボトルネック抽出:FTQCの実効的な速度はアプリケーションの持つ構造に強く依存します。以下の研究では量子計算機のプログラムから実行時間やボトルネックを推定し、計算機の設計を効率化する方法の提案を行いました。
npjQI2024 arxiv2024 - ロードストア設計:量子計算機は均質な量子誤り訂正を用いた計算機として設計されることがほとんどです。本研究ではアクセスの速度に階層構造を作りメモリとプロセッサのような形で計算機を抽象化することで、汎用性の高い命令セットと効率に優れたメモリ領域の活用を小さな速度のオーバーヘッドで実現しました。
HPCA2025 - インターコネクト:量子計算機を一定規模に拡大するには、ノード間の誤りに耐性のあるデータ通信が必要になります。本研究では現実的なデバイスの制約の下で、成功ケースを適切に選定することで出来るだけ高速に信頼性の高いノード間通信を行う方法を提案しました。
PRR2026 - 分散ネットワーク:複数ノードでの量子計算を行う際は、ノード間の通信ネットワークをどのように設計するのかが性能を決める重要な要素になります。本研究では量子もつれの生成プロセスを演算で適切に隠蔽することで、通信のオーバーヘッドを冗長なノードで軽減する設計を提案しました。
arxiv2026
プログラミングとコンパイル
概要
既存の量子計算のプログラムはしばしば量子回路といった低レベルな表現で記述されます。これは小規模な量子計算においては見やすく簡潔な記述ですが、現代の計算機よりも高速なFTQCを実現するうえでは様々な困難や不便が生じます。また、現在では誤り耐性量子計算機の命令セットやそれに紐づく標準的なコンパイラが確立されていないために、プログラムを記述する際にどのような最適化を手動または自動で行うべきかや、誤り耐性量子計算機の実効的な性能を端的に表すベンチマークも不透明です。私たちは現代の計算機やソフトウェアにおいて、高い演算性能を引き出すために行われるプログラミングの考え方や方法論を量子計算において実現すべく、FTQCのためのコンパイラ、デバッガ、プロファイラ、シミュレータといったシステムソフトウェアの研究開発を行っています。また、こうしたソフトウェアの枠組みをベースに量子計算機の性能を最大限引き出すための問題を数理的な問題に体系化し、アルゴリズムやデータ構造を駆使してプログラムの最適化や検証も行っています。このようなシステムソフトウェアを通してアプリケーションが計算機に求める性能は何なのかを明らかにすることで、量子計算をどのような性能のバランスで設計するべきかを明らかにします。
これまでの研究例
- 大きな命令の分解:量子計算機は物理的なアドレスが近いデータ間でしか演算ができないため、離れたデータの演算は多大なコストを要求し並列性を阻害します。本研究ではプログラムの命令を、並列度を高めるよう小さな命令列に分解することで、プログラムの並列度を改善する枠組みを提案しました。
arxiv2024 - エラー抑制の活用:量子計算機は一回の実行の出力ではなく複数回の出力の期待値が計算の目的であることが多く、こうした計算はエラー抑制などテクニックで実行回数を増やす代わりにバイアスや近似誤差を除去することができます。これまでの研究ではこうしたテクニックをFTQCに適用することで、複数回のプログラムを実行した際によりより小さな符号距離やT-gateで期待の計算結果を得るためのテクニックを提案しました。
PRXQ2022 npjQI2025 - プログラムの検証:FTQCの一部の命令は計算機全体に関する非局所な情報で実行の可否が決まるため、不用意な局所最適化をするとプログラムがスタックしたり、計算機が意図しない命令が生成されることがあります。本研究では型システムやデータ構造を用いてこういった問題が生じないことを検証する効率的な手段を提案しました。
APLAS2024 QCE2024 - プログラムの並列化:FTQCで小規模なインスタンスで通常の計算機よりも高速な計算をするには、量子計算機のプログラムの並列性を出来るだけ高くし計算を高速化するのが重要となります。本研究では位相推定のサブルーチンを小さなオーバーヘッドで並列化し、並列化効率が飽和するまで実効的なスループットを改善しました。
npjQI2024 - ジョブスケジューリング:少なくとも初期の有用なFTQCはスパコンや計算機クラスタのような計算資源として利用されると期待されるため、複数の計算タスクを出来るだけ効率的に行うための枠組みが必要になります。本研究ではFTQCのジョブが宣言する計算機上のリソース消費量をもとに、出来るだけ高いスループットでジョブを実行する効率的なスケジューリングの手法を提案しています。
QCE2025
大規模な量子デバイス制御
概要
量子計算機を実現するために、超伝導、中性原子、光、イオン、半導体といった様々な量子デバイスが量子情報を保持する媒体として提案され、今では100量子ビットを超える規模の実験が可能になりました。一方、実用的な量子計算を行うには少なくとも数万を超える量子ビットを現在と同じ精度で数時間以上制御する必要があるとされています。このような大規模な量子デバイスを長時間動かすと、小規模な物理実験では気にならなかった特殊なエラー、特性のばらつき、時間的な特性変化などが拡大を阻害する主要因として現れます。私たちは物理実験の研究者と密に連携し、時には現実のデバイスを直接制御しながら、背景となる物理系の利点を生かし欠点をカバーする計算機システムの設計に取り組んでいます。こうした取り組みを通して理論との乖離を解消した計算機のモデリングを確立し、より上位レイヤの設計や最適化を信頼度の高いものにします。また、得られたアイデアを取り込むことで、量子デバイスを現実的な時間とコストで制御するためのソフトウェアや、提案した設計を評価するためのテストベンチの開発にも取り組みます。
これまでの研究例
- エラー率の変動への対応:一部の量子ビットでは特定の量子ビットのエラー率が一時的に上昇するバーストエラーという種類のエラーが起き、誤り訂正の前提に大きな影響を与えることが知られています。本研究ではエラー率の変動をエラー推定機構から非破壊に検知し、バーストエラーが生じた際に動的にエラー訂正手法を変更することでその影響を緩和する方法を提案しました。
MICRO2022 - ばらつきへの対応:量子誤り訂正前の量子ビットはしきい値動作するデバイスではないため、量子デバイスの特性のばらつきは誤り訂正符号により吸収する必要がありますが。従来の手法は実行時にばらつきの影響を計算するか、事前計算データを保持するために大規模なメモリの踏査が必須となるものしかありませんでした。本研究ではエラー推定に必要な情報をコンパクトにルックアップテーブルに配置することで、現実的なFPGA上で実装可能なばらつきを考慮した高速なエラー推定方法を提案しました。
ASPDAC2023 - リークエラーの影響評価:一部の量子ビットは物理的な不完全性により、0でも1でもないリーク状態と呼ばれる状態に遷移することがあります。こうしたエラーは通常の符号化では誤り訂正が不可能であるだけでなく、その数値的な影響を評価することも計算コストの観点から困難であるという問題がありました。本研究ではテンソルネットワークを用いることで、リーク状態やこれを抑制するための各種プロトコルがどのように性能に影響するかを高速に計算する手法を提示しました。
NJP2025 - 消失エラーの緩和:光子や原子が実験中に消失するといったエラーはビット反転などのエラーと異なり、エラーが生じたことを光子検出器などを通して知ることができます。本研究では中性原子の状態を光子を用いてエラー検査する際、光子が消失した情報を活用することで量子誤り訂正の性能を高めるための手法を提案しました。
arxiv2025 - コヒーレントエラーの影響評価:量子ビットのキャリブレーションが不完全なことに起因するエラーはしばしば確率的なエラーではなくコヒーレントな過剰/過小な回転として現れます。こうしたエラーは一般にシミュレーションすることは困難ですが、一部のコヒーレントエラーはマッチゲートと呼ばれる効率的なシミュレーションが可能なクラスに属し、数値的な評価も可能であることを示しました。
PRL2017
システムやソフトウェアの開発
概要
量子計算機を開発し動かすには、多様なソフトウェアが必要となります。また、量子計算機を多様なドメインで利用可能にし、利用を通して具体的な経済的価値を生み出せるようにするためにも、ソフトウェアの力は欠かすことができません。私たちのチームではこうした量子計算機の開発を加速し価値を高めるためのソフトウェア開発に取り組んでいます。こうしたソフトウェアは適切に設計され、高い拡張性と再利用性を持ち、適切なライセンスのもとで管理される必要があります。現代の量子計算機開発では、「現在の量子コンピュータを最大限活用するボトムアップでの取り組み」と「実用規模のシステムを予測しそこから逆算して必要なシステムを構成するトップダウンでの取り組み」の2つが並行して進んでいます。前者では頻繁な技術のアップデートへの円滑な対応が求められる一方で、後者では技術的な変動に対応できる疎結合なシステムと高い互換性が求められます。こうした技術やアーキテクチャの目的およびライフサイクルに応じて、適切な抽象度と汎用性でソフトウェアおよびドキュメント資産を効率的に蓄積・洗練する方法論の体系化にも取り組みます。
これまでの取り組みの例
- 量子回路シミュレータ: 高速に量子回路をシミュレーションするソフトウェアQulacsを開発しました。主要ゲートに対するSIMD命令による最適化や、完全正値写像やインストゥルメントといった研究で必要となる一般的操作のサポート、様々なレベルのゲート合成による高速化などを行っています。
Quantum2021 github - 超伝導量子ビット計測ツール: 超伝導量子ビットの計測において、量子回路やハミルトニアンダイナミクスのような抽象的なレイヤと、局所発振器や任意波形生成器などからなるアナログな制御装置のレイヤを切り分け、汎用性の高い計測を可能にするインフラを構築しました。また、自動化された量子ビットのキャリブレーションなどを行うソフトウェアを構築しました。現在は量子誤り訂正の実験を可能にするための新たなライブラリを開発しています。
release github - 誤り耐性量子計算機のツールチェイン: 実用規模のFTQCのプログラムを記述し評価するツールチェインQurationを開発しました。LLVMを参考に構成された簡潔な中間表現を用いてプログラムを記述しFTQCの命令セットにプログラムを翻訳するコンパイラ、得られたプログラムの実行時間を予測するプロファイラ、実行時のメモリ状況を可視化するビジュアライザなどを構築しました。
github